2009年06月21日

日本の新聞の歴史は、紙などが庶民に普及し出した

日本の新聞の歴史は、紙などが庶民に普及し出した江戸時代に見る事が出来る。有名な物では、瓦版と呼ばれるもので、亙に文字を彫り込み、凹版印刷の要領で多量に印刷し、作る物である。

明治期になるとヨーロッパなどから活字印刷技術が導入され、凸版印刷が主流になる。

昭和中期に入ると鉛板に活字を彫り、1枚の板状の凸版印刷となる。

昭和後期から平成期になると、印刷にコピー機の原理が加わる。レーザーを使用したフィルムプリンタの登場により、新聞紙面大のフィルムに文字を焼き付け、現像。ネガであるため白抜きの文字になる。以下は、液体コピー機の原理と同じである。作成したフィルムをフィルタとして大型の感光ドラムに照射し、感光ドラムまたは感光フィルム(以下感光体)の表面電位を変化させ、感光体に文字を電位変化という形で作成する。次に液体トナーと呼ばれるインク物質を感光体に触れさせ、電位変化のあった感光体の文字部分にインクを付着させる。次に紙と触れさせ転写を行う。カラー印刷を行う場合は、4色の色別に印刷機が組み合わされる。
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一般紙 [編集]
一般紙には、大手の全国紙と、一つの県単位で発行される、地域密着の地方紙、複数の県を対象にしたブロック紙がある。

販売方法としては、各地域の新聞販売店からの宅配による月極め販売と、鉄道駅売店、コンビニエンスストアなどでの一部ごとの販売が行われ、朝刊と夕刊が発行される場合が多い。一般に朝・夕刊の1日2回発行する新聞を「セット版」、どちらかのみ(全国紙、一部地方紙など一般には朝刊のみを指す)を発行するものを「統合版」という。ただ、近年は朝刊だけを購読する家庭が増えてきており(「セット割れ」)、『産経新聞』(東京本社)のように夕刊を廃止した社もある。

全国紙では、欧米などの主要な国に紙面が伝送されて、現地で国際版が印刷されており、一部主要都市の書店やホテルなどで販売されている。

地方新聞の題字(1面)は、その地域の名産品、気候、文化、観光名所などをデザインにあしらったものもある。

1日のページ数は朝刊が20ページから多いものでも40ページ近く、夕刊は8ページから20ページ近くである。ただし、大型選挙(参議院、衆議院の国政選挙、あるいは統一地方選挙)の開催翌日や年末(12月29日-12月31日)の朝刊は特別紙面体制の関係で16-20ページに縮小(夕刊は年末年始=12月29日から1月3日と日曜・祝日は専売紙の一部を除いて休刊)。

内容としては政治・経済・社会的なニュースだけでなく、テレビ・ラジオの番組表(通称ラテ欄)、天気予報、読者投稿欄や囲碁、将棋欄などの家庭一般向け記事が掲載される。自社の論説委員が書いた社説を掲載して、その新聞社の見解や意見を社会に示すこともある。また一面の下部にコラムが掲載され、社会常識の問題として入学試験に引用されたりする。日本政府から政府広報として日本国民に周知する事柄が広告として掲載されることもある[1]。

一般紙については宅配制度などによって新聞普及率が高く、テレビやラジオ、電車内や駅構内など各種メディアへの広告(コマーシャル)や、新聞社が通話料を負担するフリーダイヤルによる購読申し込み窓口の設置、新聞販売店や「拡張員」と呼ばれる外部セールスマンによる訪問販売などにより、営業活

2009年06月02日

短刀(たんとう)とは、長さ一尺(約30.3cm)以下

短刀(たんとう)とは、長さ一尺(約30.3cm)以下の刀の総称。
刀身の長さが一尺を超えるが短刀の様式を持つものは、特に「寸延短刀(すんのびたんとう)」とも呼ばれる。

短刀には様々な種類の刀が含まれ、用途から刺刀(さすが)、所持のしかたから懐刀・腰刀(こしがたな)、拵えの形状から鞘巻(さやまき)・合口(あいくち/匕首)などともいう。

英語でいう所のショートソードからナイフに相当する概念の武器で、携帯の便に即したものから、至近距離での攻撃(余りに近いと本差などの大振りの武具の死角になってしまう)などに適したものなどであるが、その一方で小柄・刀子のように日常具・文具として併用された物や懐剣など装飾された短刀の中には子供や女性などの護身具として携帯されたものも含まれる。こういったものは「守り刀」と呼ばれ、一種のお守り(護符)として邪気や災厄を払うものとして扱われた。今日でも皇室の儀式中に「賜剣の儀」という、天皇家及び宮家で子が生まれた際に守り刀を天皇から贈る儀式がある。この賜剣の儀で贈られる守り刀は、製作した刀匠による写しが存在しており、刃渡:20~28?、平造り、筍刀反り・筍反りという内反りの短刀である。この造りは筍造り・筍刀造り(たけのこづくり・じゅんとうづくり)とも呼ばれ、筍刀:(じゅんとう・たこうながたな・たかんながたな)はその形から蕨手刀の一つの流れを汲む名残だという見解がある。また、元は平安時代ごろまで火で炙り加熱消毒して臍の緒を切った短刀だったが(出展:菅原孝標女?『夜の寝覚』)、後に元服の際に元結や髪先を切ることに用いられた。
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ヤクザなどの隠語としては「ドス」(粗製の鎬造りの短刀を「ドス」という。)と呼ばれ、密輸入・密売買された拳銃などとともに、相当数が暴力団組織に保有されているものと見られている。ただし、「ドス」の実物には、日本刀の「匂い」のような鑑賞に耐えうる鉄の地肌組織は無い。玉鋼を何回も折り返して作る日本刀と異なり、「ドス」は一般的な和包丁と同様に、実用鋼と軟鉄の張り合わせで作られる(和包丁で言う所の「霞」である)。そのため「ドス」の外観は、刺身包丁を両刃にしたものに近い。「ドス」は、モラルをわきまえない一部の包丁鍛冶が包丁制作の余技として作っていると言われており、日本刀の一種と言うよりは、和包丁の奇形として捉えるべきものである。美術的価値も実用的な所持理由も無いため、「ドス」を所有していると銃刀法違反で罰せられる。

江戸時代の社家・国学者なかには、惟神(かんながら)の心を顕すため、自身の佩刀として、短刀身ではなくより古代的な「両刃の剣身」[1][2]をもちいる事もあった。

旧帝国海軍の士官・兵学校生徒の「短剣」は、平安・鎌倉以来の日本古来の短刀を、西洋短剣の拵えで仕立てたものであり、「和魂洋才」を象徴している。

2009年04月30日

モンロー主義

モンロー主義(モンローしゅぎ、英:Monroe Doctrine)は、アメリカ合衆国がヨーロッパ諸国に対して、アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱したことを指す。第5代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・モンローが、1823年に議会への7番目の年次教書演説で発表した。モンロー宣言と訳されることもあるが、実際に何らかの宣言があったわけではないので、モンロー教書と表記されることも多い。この教書で示された外交姿勢がその後のアメリカ外交の基本方針となった。原案は国務長官・ジョン・クィンシー・アダムズが起草した。

19世紀前半、ラテンアメリカ各地で独立運動が起こった。19世紀初頭のナポレオン戦争、特に半島戦争はスペインのアメリカ植民地に対する支配力を弱め、中南米諸国は次々に独立していた。スペインが中南米植民地での独立運動を鎮圧しようとした。しかし、ナポレオン失脚後のヨーロッパは自由主義、ナショナリズムを敵視する保守反動的なウィーン体制下にあったため、この体制を主導していたオーストリアの政治家メッテルニヒは、独立運動への干渉を図った。また、独立運動を支持する姿勢をみせていたイギリスも、その狙いはラテンアメリカを経済的従属下において自国の市場とすることであった。こうした動きを牽制するため、モンローが年次教書において、アメリカ大陸とヨーロッパ大陸の相互不干渉を示すに至ったのである。

南北アメリカは将来ヨーロッパ諸国に植民地化されず、主権国家としてヨーロッパの干渉を受けるべきでない旨を宣言した。それはさらにヨーロッパの戦争と、ヨーロッパ勢力と植民地間の戦争に対してアメリカ合衆国は中立を保つが、植民地の新設あるいはアメリカ大陸の独立国家に対するいかなる干渉もアメリカ合衆国への敵対行為と見なすという意図を述べたものであった。

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合衆国にとって、もう一つの大きな懸念材料は、アラスカ(当時はロシア領)からロシアが太平洋沿いに南下政策を図ることであった。そのため、この教書はロシアのアメリカ大陸進出に対する牽制という狙いも含んでいた。

つまり、モンロー教書は欧州列強に対する「アメリカ大陸縄張り宣言」であり、それに従いアメリカ合衆国はさらにアメリカ先住民掃討を進めていく。しかし、1890年の「フロンティア消滅宣言」で「先住民掃討完了」を宣言してからは、米西戦争でフィリピン・グアムに進出するなど事実上モンロー主義を棄て、アメリカ合衆国は太平洋そして世界における勢力(縄張り)の拡大に乗り出していく。

2009年04月15日

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題は、ドイツとデンマークの中間にあった、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国(現在は大部分がドイツのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州)の帰属を巡る問題をドイツ側から論じたもの。デンマーク語では南ユラン問題と言う。このように立場により名称すら違うことから分かるように、典型的な民族問題である。ドイツ人によるゲルマン主義と、北欧人によるノルマン主義のナショナリズムの衝突であった。ゲルマン主義はドイツ統一後に全体主義化し、汎ゲルマン主義へと変遷していった。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題は、ドイツにおけるドイツ統一と同義となり、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争へと発展し、最終的には武力によって解決させられた。

ユトランド半島の付け根にあるシュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国は、中世よりデンマークとドイツ諸侯の領有権争いの温床となってきた。1460年に当時カルマル同盟を率いていたデンマークによって領有され、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国が形成された。しかし、シュレースヴィヒ=ホルシュタインは2つの公国から成り、ホルシュタインはドイツ側のキールに首府をおいていた。この地域はドイツに近く、近世以降ドイツ人が主体を占める様になって行った。

ドイツにはドイツ人、デンマークにはデーン人(デンマーク人)という民族意識を持つようになるのは、17世紀に勃発した三十年戦争以後の事である。しかし両民族による国民意識が高まるのは19世紀初頭、ナポレオン戦争によってであった。その原因となったフランス革命は国民国家の礎を築き、革命の輸出という潮流を生み出した。

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国でも同様であった。南部のホルシュタイン公国では次第にドイツ系の住民によるデンマーク被支配に対する反感が高まる事となる。この時期におけるドイツ側の政治的問題は、「ドイツ統一」問題であった。ドイツの歴史上において、三十年戦争以来分裂状態を極めてきたドイツに民族主義が芽生え、統一に向けての運動が波及したのである。この運動は、ホルシュタイン公国におけるドイツ人を刺激した。おりしもフランス7月革命の影響が欧州各国に波及したことで、この問題は急激に拡大して行く。

発端 [編集]
その最初の芽が1842年にまかれた。この年、ホルシュタイン公国で小規模ながらドイツ系の反乱が起こされたのである。この反乱はすぐに鎮圧されたが、ドイツ、デンマーク両国のナショナリズムに火を付けることとなる。ドイツでは前出のドイツ統一問題、デンマークではこの時期に北欧全体に震撼を与えていた「汎スカンディナヴィア主義」が政治問題と結びつけられ、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン死守の号砲が、北欧諸国民によって撃ち鳴らされた。特にスウェーデン=ノルウェー王オスカル1世はこの主義の熱烈な主義者であった。この国王は、北欧の一体化を目指し、欧州列強に対し独自性を主張して行くのである。

1848年、デンマークではオレンボー家最後の王フレゼリク7世が即位し、シュレースヴィヒ=ホルシュタインがデンマークと不可分であることを宣言した。この宣言は1849年にデンマークの「6月憲法」の一部として制定された。欧州では1848年革命が勃発し、ドイツにも波及した。ドイツにおける統一問題は、ホルシュタインのドイツ人をしてドイツとの連合、デンマークからの分離運動に発展するのである。

こうした経緯の中、再び反乱は起こされた。ホルシュタイン公国においてドイツ系の暫定政府が成立し、デンマークからの独立を画策したのである。暫定政府は、ドイツ連邦で有力な地位を占めるプロイセン王国の支援と分離の支持を受けていた。一方、シュレースヴィヒ公国はデンマーク残留を望んでいた。

第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争 [編集]
かくして第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争は引き起こされた。1848年から1852年まで続いた戦争で、ホルシュタイン側をプロイセン王国、両国の維持とシュレースヴィヒ側をデンマークが支援し、出兵した。スウェーデンは中立主義にのっとり、直接参戦はしなかったものの、スウェーデン王オスカル1世の政策によって義勇軍が送られた。戦争はプロイセン軍の撤退によって終了したが、問題は何ら解決しなかった。第一次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争後に結ばれた「ロンドン議定書」は、終戦条約と言えるものとはならなかった。議定書は、6月憲法の両公国への布告が明言されず、現状維持を呈する内容であった。しかも公国問題のみならず、この時期、デンマーク自体の王位継承問題も浮上するのである。新王家が両公国の主権を獲得するか否かの問題も加わり、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題は複雑化していったのである。

6月憲法が両公国に布告されなかったことで、同様な問題が後にも起こり得る可能性があった。プロイセン王国は、両公国がデンマークに属するものではないと認識していた。また議定書は、6月憲法がデンマーク国内にのみ適用されることを認めていた。

ドイツ側からすればこの時期、統一を志向するナショナリズムのエネルギーに欠けていたことが、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争の失敗に繋がったと言えた。デンマーク側からすれば、当時盛んとなっていた汎スカンディナヴィア主義の時流に乗り、北欧全体の支援を得たことが戦争の勝利に帰結したと言える。しかしこれは、諸問題の解決には至らなかった。 

第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争 [編集]
1863年、デンマーク王フレゼリク7世が死去する。デンマークの王位継承法と議会の決定により、オレンボー家の傍流グリュックスブルク家のクリスチャン9世がデンマーク王を継承することになった。フレゼリク7世は生前「11月憲法」を布告し、両公国のデンマークへの併合を含めた「継承令」を明らかにした。こうして新王家グリュックスブルク家が両公国の主権者となったが、これに反対の立場を示したのが、一方の係争国であるプロイセン王国であった。この時代になると、ドイツ人のナショナリズムは以前よりも高まりを見せ始めていた。一方北欧では、汎スカンディナヴィア主義の退潮の兆しが見え始めていた。それでもなお、汎スカンディナヴィア主義はスウェーデン=ノルウェー王カール15世によって牽引されていた。

一方、ドイツ統一を牽引していたのが、1862年に宰相となったビスマルクであった。鉄血政策を推進するビスマルクは、1863年に制定された「11月憲法」はロンドン議定書違反であるとして撤回を要求すると同時に臨戦態勢を取り、デンマークを圧迫した。戦争回避は望めず、1864年に両国は開戦した。第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争の開始である。オーストリア帝国と同盟したプロイセン軍は、圧倒的な軍備とビスマルクの外交政策により、スウェーデンと欧州列強の中立を導き出し、デンマークを屈服させた。汎スカンディナヴィア主義はこの戦争の敗北により挫折した。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン公国は、プロイセンとオーストリアに引き渡された。

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題は、結局力によって解決された。1866年には普墺戦争が起こり、両公国はプロイセン王国によって併合される。この後デンマークは、挫折から立ち直るために「外で失ったものを内で取り戻そう」と言うスローガンの元に復興を目指すのである。

シュレースヴィヒ=ホルシュタイン問題は、このようにして終末を迎えたが、デンマーク人が多数定住していた北シュレースヴィヒは、第一次世界大戦でのドイツ帝国の敗退により、戦勝国である連合国によって民族自決権を与えられ、住民投票を経てデンマークに復帰した。現在のドイツのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州には、今もなおデンマーク系住民が少なからずいるが、もはや民族問題は起きていない。なぜならば、EU通貨統合により経済的障壁がなくなり、またシェンゲン協定によってパスポートコントロールが撤廃されたため、国境が実質的に消滅しているからである。しかし彼らは、今でもデンマーク人としての誇りを持ってデンマークの国旗を掲げ、女王マルグレーテ2世に忠誠を誓って現代を生きている。

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2009年03月31日

佐田の山晋松

佐田の山 晋松(さだのやま しんまつ、1938年(昭和13年)2月18日 - )は、大相撲の第50代横綱。のち日本相撲協会理事長。本名、市川(旧姓佐々田)晋松。長崎県南松浦郡有川町(現新上五島町)出身。身長182cm、体重129kg。一時期佐田乃山、佐田ノ山を名乗っていた。得意手は突っ張り、右四つ、寄り、上手投げ。

現役力士時代 [編集]
幼い頃地元・五島列島の英雄となっていた元大関五ツ嶌の話を聞いて大相撲に憧れ、千代の山・栃錦らが五島に巡業に来た折りに五ツ嶌が所属した出羽海部屋に入門、1956年(昭和31年)1月場所初土俵。1960年(昭和35年)3月場所で新十両、1961年(昭和36年)1月場所新入幕した。同年5月場所では西前頭13枚目の位置で12勝3敗を挙げて初優勝を果たすが、成績もさることながら対戦した役力士は小結冨士錦のみ、しかも十両優勝の清ノ森と対戦して負けているのでこの場所の最高優勝は十両ではないのかとまで言われてしまった。このため優勝争いをする平幕力士は横綱、大関と対戦させるという現在の慣例が作られるきっかけになった。

1962年(昭和37年)3月場所関脇で13勝2敗、大鵬との優勝決定戦に勝って2度目の優勝、場所後大関に昇進した。部屋の大先輩だった出羽錦は佐田の山を熱心に指導し「晋松が綱を取ったら儂が太刀を持つからそれまでは引退しない」と言って横綱昇進を心待ちにしていたがこれには間に合わず、1964年(昭和39年)9月場所に出羽錦は引退してしまった。長い腕を生かした激しい上突っ張りは出羽錦の指導によるとされる。同年9月場所から3場所連続13勝2敗、1965年(昭和40年)1月場所には3度目の優勝で横綱に推挙される。長年にわたり平幕優勝した力士は横綱や大関にはなれないと言われてきたが、佐田の山によってこれは破られた。そして出羽錦引退相撲で土俵入りを披露し恩に報いた。

昇進後、2場所目の同年5月場所で4度目の優勝を果たしてから2年以上優勝を果たせなかったが、1967年(昭和42年)11月場所に5度目の優勝、翌年1月場所も連覇を果たした。ところが翌1968年(昭和43年)3月場所に序盤で3敗を喫するとあっさり引退してしまった。30歳になったばかりでもあり、悲願の連覇を達成した直後なので周囲は驚き、?見山に金星を献上したことが悔しかったのではないかという憶測まで流れたが、本人は前年3月場所にかつて弟弟子だった北の冨士が初優勝した時点で引退を考えていたそうである。出羽海一門の横綱、大関に見られる引き際の潔さという伝統を受け継いだとも言われた。

優勝6回は横綱としても悪くない数字だが、大鵬との合口が悪く、通算5勝27敗(決定戦は数えず)に終わった。右でも左でもがっぷりになると勝負にならず、長びくと勝機はなかった。活路は得意の突っ張りで先手を取って大鵬に上手を許す前の決着といわれたが、それをさせない強さ、巧さが大鵬にはあり、正攻法の佐田の山に攻め手がなかった。毎場所同じような相撲で敗退を繰り返し、大鵬とは勝てば優勝という場面での対戦が最も多い力士(大鵬に勝っていれば優勝あるいは優勝決定戦となっていたケースが8度ある)であることから、もう少し勝っていれば優勝回数を2桁にすることも可能だったといわれている。全勝優勝はなかった。素質の面でさほど優れているわけではなかったが、猛稽古と激しい闘志、一門を背負って立つという責任感で横綱に登りつめたとも評価される。

年寄時代 [編集]
当時の出羽海親方である出羽ノ花の娘と結婚し、引退すると出羽海親方は即座に彼に部屋を継承させ武蔵川の名跡に戻ってしまった。この時「引退して少しは楽になると思ったらますます大変なことになった、もう少し現役でいればよかった」と言っていたようである。出羽海一門には常陸山が一門を創設して以来となる「不許分家独立」の不文律があり、大坂相撲から一門に加入後消滅した部屋の再興以外独立がなかった[1]が、かわいがってきた弟弟子の三重ノ海が独立の意思を持っていると知るとこれを許可した。1919年(大正8年)の栃木山以来となる円満独立だった。それ以降不文律は事実上消滅したのか、特に1980年代以降出羽海一門でも分家独立が相次いだ。

引退後は日本相撲協会の監事(1972年から1期)・理事を務め、二子山理事長が停年を迎えた1992年(平成4年)から理事長を3期6年務めた。この間に元関脇・鷲羽山と名跡を交換し出羽海から境川となった。

理事長の6年間で、「巡業の勧進元興行から協会自主興行への変更」、「外国人力士の入門規制」、「新規入門の年齢制限」、「幕下付出の基準設定」、「年寄株の複数所有,貸借禁止」、「大関経験者の時限付年寄襲名許可と準年寄制度の創設」の施策を実施した。しかし、年寄空き株の協会管理を打ち出すと、反対する理事が続出して混乱し、責任を取る形で4期目以降の理事長続行を断念した。当初マスコミは反主流派を守旧派と呼んで批判していたが実際には当時の年寄株の取得相場が数億円単位で推移していたという経済的事情や、名称変更で後継者を指名し自らは茶屋利権を握る先代の婿養子で停年後も悠悠自適という立場にありながらも借株禁止、空き株の協会保有という厳格な方針を打ち出した事に対する佐田の山個人の立場に対する批判も噴出していた。この騒動が原因からか、還暦土俵入りを辞退している。
ルント シャイ インタン トラム バプ 冬の枝 ハニー はしかみ スタッ ロルプロ トザウルス マリオ ロール ライカ カースト 花月 フェンシ モリブデン マジック おんかま シッキ サンドバ ニング ワラント サウスポー ミール きんしゃ ブランチ プロジ タッグ れんおん シルク チャカレ ヒュンダ くわのじつ ストラ 空を見 シャー リチャ 黄砂 オープン オリンズ ジブチ わどまり あずきいろ パリティ ビーフン コクト ひしがた バカラ

これらの施策の中で現在もそのまま生き残っているのは、「大関経験者の時限付年寄襲名許可」(準年寄制度は猶予期間を経て廃止)と「新規入門の年齢制限」くらいであり、「幕下付出の基準設定」のように次代の時津風理事長の時さらに基準が強化されたものや「巡業の勧進元興行から協会自主興行への変更」、「年寄株の貸借禁止」のように北の湖理事長によって旧に復されたものもある。理事長時代にはテレビのインタビューであるのにも関わらず公然と一人称を「オレ。」と称し答えた事もある等組織の長としてあるまじき言動も示した。

理事長続行断念後も理事職には留まり、1998年(平成10年)から教習所長、2000年(平成12年)からは審判部長に返り咲いたが理事長経験者の現場復帰は異例であった。2002年(平成14年)からは相談役に就任した。2003年(平成15年)1月場所後に直弟子の元小結・両国と名跡交換して年寄・中立を襲名し、同年2月17日を最後に停年(定年)退職した。審判部長時代には昇進基準を満たしていた琴光喜の大関昇進を見送り話題になったが、一部では理事長選挙の二所ノ関一門に対する報復かと囁かれた。

現在はスポーツ報知専属の相撲評論家を務める。1967年に007シリーズ第5作『007は二度死ぬ』に本人役で出演した。

趣味は刀剣収集、血液型はA型。

故郷の五島では「佐田の山せんべい」なる銘菓が売られている。

主な成績 [編集]
幕内在位:44場所(うち横綱19場所、大関17場所、関脇4場所)
幕内通算成績:435勝164敗61休 勝率.726
横綱通算成績:188勝64敗33休 勝率.746
幕内最高優勝:6回
年間最多勝:1965年(74勝16敗)
三賞:殊勲賞1回(1961年7月場所)、敢闘賞1回(1961年5月場所)、技能賞1回(1962年3月場所)
金星:2個(若乃花・朝潮)
改名歴 [編集]
佐々田 晋松(ささだ しんまつ)1956年1月場所-1959年3月場所
佐田ノ山 晋松(さだのやま-)1959年5月場所
佐田の山 晋松(さだのやま-)1959年7月場所-1963年3月場所
佐田乃山 照也(さだのやま てるや)1963年5月場所-1963年11月場所
佐田の山 晋松(さだのやま しんまつ)1964年1月場所-1968年3月場所

年寄変遷 [編集]
出羽海 晋松(でわのうみ しんまつ)1968年3月-1968年5月
出羽海 智敬(でわのうみ ともたか)1968年5月-1996年1月
境川 尚(さかいがわ しょう)1996年1月-2003年1月
中立 尚(なかだち しょう)2003年1月-2003年2月 

2009年03月17日

常寂光寺

常寂光寺(じょうじゃっこうじ)は京都府京都市の嵯峨野にある日蓮宗の仏教寺院。山号は小倉山。

百人一首で詠まれる小倉山の中腹の斜面にあって境内からは嵯峨野を一望でき、秋は全山紅葉に包まれる。その常寂光土のような風情から寺号がつけられたとされる。

平安時代に藤原定家の山荘「時雨亭」があったと伝わる地で、安土桃山時代末の慶長元年(1596年)に日蓮宗大本山本圀寺十六世日禎が隠棲の地として当山を開いた。

歌人でもある日禎に小倉山の麓の土地を寄進したのは角倉了以と角倉栄可で、小早川秀秋ら大名の寄進により堂塔伽藍が整備された。
マリゴール ユーロシ 法則 プロキオ パティ フェンリル ロボコン プラン とうみ ドロン デザイナー ひかわ ウンギョー クロスバー デリシ 宿儺南瓜 フロアマ バナバ ぶどう ハツユ ァサード パイ セミダブル ミコロン スキャンダル ピザク トライアル ギンリ ビコル カデット ブレーン エイド ヒート フロアス エーエスピ シュリン くわい サイト冬瓜 紀州 レーシ うたしない ベジス ブック ノベル ジャル ワイフ ニュー フリ モラテオ はっとう

伽藍 [編集]
多宝塔 - 国の重要文化財、元和6年(1620年)建立、高さ12m、檜皮葺
本堂 - 桃山城の客殿を慶長年間に移築
仁王門 - 南北朝時代の貞和年間に本圀寺の南門として建立、元和2年(1616年)に現在地に移築、藁葺き
仁王像 - 福井県小浜の日蓮宗寺院・長源寺から移された。寺伝に運慶作というが実際の作者は不明
鐘楼 - 寛永18年建立


2009年03月01日

トレーディングカードゲーム

メダロットのカードゲームは二種類発売された。

一つ目は『メダロットカードゲーム』。スターターパック1種類、ブースターパックは第3弾までが発売。1パックにトレーディングカードゲームとトレーディングカードが同封され、『1』の機体パーツやキャラクターが登場。『2』の初回版には、このトレーディングカードに準じた限定カード「ラピ」が付属し、ゲーム内にラピを出現させるためのパスワードが記されていた。カードゲームはメダロットの特徴である、パーツ交換をフィーチャーした内容で、互いのメダロットのパーツの耐久値を減らしあい、最終的に頭部パーツの耐久値を0にしたものが勝利する。後にGBソフト「メダロットカードロボトル」としても移植され、これには「2」の機体パーツ、キャラクターも追加されていた。

二つ目は『メダロットオフィシャルカードゲーム』。アニメ版、『3』、『4』、『navi』(および『1』、『2』、『R』、『5』の一部)の機体やキャラクターが登場。スターターパックはVol1 - 2、ブースターパックはVol1 - 5までが発売された(Vol3からはカードの仕様が一部変更されている)。なお、ブースターパックはバンダイのカードダスによる展開。個性豊かで多彩なメダロットやロボトルのルールを生かし、3機のメダロットを場に出して対戦する。最終的には、相手のHPかデッキ(山札)を先に0未満にしたものが勝利する。メダフォースやメダチェンジのシステムも採用されている。メダロットの攻撃力が相手メダロットの装甲値を上回った(強攻撃)場合破壊できるが、相手の装甲値に満たなかった場合でも弱攻撃として攻撃の威力分相手の手札を減らすことができるという独特のルールがあった。最も古いのは『3』の初回版に付属、またキャンペーン展開されたものだが、これは一般的なトレーディングカードサイズで、カードダスサイズとなった正式版より一回り大きかった。そのため、人気メダロットが多くカード化されていたにもかかわらず、正式版と混ぜて遊ぶことは困難である。その後「3(4の発売に合わせた形で発売された「クリアピューレ」カード付属版と「メタビー」カード付属版)」や、「3パーコレ」、『4』、『navi』、『5』のそれぞれ初回版にも限定カードが付属した。コミックボンボン誌上でも「ティレルビートル」カードのプレゼントや、『男!度胸 メダカードファイターズ』(作、舵真秀斗)が連載され、その単行本の1, 2巻それぞれにも限定カードが付属した。

その他関連商品
メディアミックスを主眼においたメダロットには、様々な商品が存在する。

その中核をなしたのが、イマジニアの発売した「メダロッチ」である。これは劇中に登場する多機能腕時計を模した玩具で、万歩計型育成ゲーム同様の、振動による育成システムを搭載していた(万歩計のような実用性はなく、パンチとチョップで経験値を稼ぐ「パンチョシステム」と命名されていた)。「メダロッチ」は劇中同様、内部にメダルが収納可能で、様々な種類があるメダルごとに異なる機体を育成し、育てた機体を記録し、そのデータを収集する機能を備えていた(ポケットモンスターの「ポケモン図鑑」に類する)。その肝となるメダルは、本体に同梱・或いは単品で発売されたほかに、『コミックボンボン』の付録や、「メダロットカードゲーム」などのメダロット関連商品に付属し、各媒体を結ぶ役割を担っていた。最初期の「メダロッチ」はゲーム一作目に対応していたが、後に新作ゲームの発売に合わせ、『2』に登場する新メダロットを追加し、そして『3』登場のメダロットに対応し通信機能も備えた「メダロッチアドバンス」が発売される。また各「メダロッチ」にはカブト・クワガタのバージョン違いが存在した。「メダロッチアドバンス」と同時期には、同様にメダルを収集しメダロットのデータを集める「メダネットボード」も発売される。この頃には、登場するメダロットの数が膨大になったためか、穴の開いていない生メダルに自ら穴を開けてオリジナルのメダルを作るキット(「メダロッチ」は各メダル背面にある穴で、メダルを認識している)「メダルX」が発売され、メダルは収集により各媒体を結びつけるという役割を終えた。なおメダルには、メダル自体を飛ばして遊ぶ「メダルシューター」としての遊び方もあり、後には「メダロットオフィシャルカードゲーム(OCG)」でのヒットポイントを示すマーカーとして用いられもした。

また、メダロット玩具の大半はタカラ(現タカラトミー)が発売し、手頃な小サイズのフィギュア「メダロットコレクション」、組み立て式キットの「バトルメダロット」、ティンペットにパーツを装着する方式を再現した「デュアルモデル」の三種がそのメインであった。これらはどれも、同シリーズ内でのパーツの交換が可能であった。これらシリーズは、ゲーム一作目の時よりラインナップを開始したが、後にアニメが開始すると、アニメに合わせた商品展開となり、『メダロット魂』の終了をもってその幕を閉じた。これは「魂」での人気下火の影響と思われ、事実「魂」の最終ボスにあたる「グレイン」は商品化されずじまいである。またこれらシリーズには、劇中の「メダフォース」を再現し、メタリック塗装やメッキコーティングが施されたバージョンも存在した。タカラの商品にはほかに、声を認識して動く大型の玩具「ボイスコマンドモデルメタビー」などがある。

そのほかの商品には、セイカノートの文具、天田印刷加工の遊具(シール・メンコなど)、タニイの日用品、有井製作所のプラモデル、グリコの「メダロットウエハースチョコ」などがあるが、これらはいずれもゲーム一作目、或いはアニメ無印の頃の商品であり、「navi」や「5」になると「OCG」以外(OCGにおいても、『5』はゲーム初回版に付属した2枚のみ)の商品は一切無かった。

雑誌での連載
『メダロットnavi』では『コミックボンボン』以外でも、複数の雑誌での連載記事があった。

以前から何度か単発の作例が載ることはあったホビージャパンでは、"メダロット・ナビ パースペクティブ(立体感覚)"と題して、2001年9月号 (No.387) 以降四ヶ月(一度休止あり)にわたって登場メダロットが立体化された。模型製作は全て模型の王国が担当。掲載されたのは順にグランビートル、ソニックスタッグ、ブレザーメイツ、ドライシイスト、ナビコ。初回のみ二体掲載で、これはゲームのキャンペーン賞品にもなったものである。
リティ ハーフタイ ラサSEO ナビみさわ プローブ いきな オストミー ゼロワン フェイ ユータ メイス ドッグレ オール のんき フィジー ソニア ジューサ トハギ コート ナーグプ ちょくん ロイヤ フラック カスタマー ポンチ 影ふみ ニップル ハンブル 時代屋 ドッキン オンフ タウン むほん ブロード ジルサン パレタイ セリュ すぺあ トレッド ディベー ディーズ フラワー レジャ フォーマ シランレン メゾン お手玉 デモクラシ 竹てっぽ ダボス

またカラフルピュアガールでも連載された。

デザイナー
メダロットシリーズは主に原作者であるほるまりん自身がキャラクター・メダロットデザインを行っている。しかしそれ以外のデザイナーを起用した作品もある。

前述の通り、Rのメダロットのデザインを担当したのはまるかたである。

4で初登場のメダロット、5のメインキャラクターの使用する以外のメダロットと主人公以外のキャラクターデザインは、TAGROが色指定までの設定画を担当した(クリーンナップされた絵やポージングされた絵、カードの絵などはTAGROの設定を元に別の絵描きが作成したもの。また4のグレインはほるまりんデザインの可能性もあるという)。但し、攻略本、ゲーム、漫画のどれにもTAGROはクレジットされておらず、ただ"キャラクターデザイン:ほるまりん"とのみ記載されている(TAGROに関する情報は本人の公式HPの掲示板による)。

『navi』では、メインデザイナーの藤岡建機の他にも様々なデザイナーが参加した。100体以上登場するメダロットのうち、核弾頭はソーナンズのテントウムシ型、カマキリ型、カメムシ型で初期型・可変型それぞれや、アシカ型、ニワトリ型、クロコサギ型、ブタ型など、20体ほどのベースデザインを担当し(本人の公式HPBBSによる)、まるかた、ホビージャパンで作例を担当した模型の王国などもデザインに参加している。これらのデザインは、最終的に藤岡建機がデザインの統一を行った。

加えて、一般公募によるメダロットの募集は『4』以後恒例となっていたが、『navi』では『コミックボンボン』誌上で行われた読者参加企画「X計画」を反映させたために、特にそれが多い。中にはボンボンで『ハダカ侍』を連載していた漫画家サダタローのデザインした機体もある。

2009年02月11日

マブラヴ

アージュの第4作目にあたる作品。
ワンド エリア ショール 二十世紀 スタス テーブ アニマロジ マクロレ オイスタ ライスワン キック フィー カウツギ バンダナ ディージ オクラ テランセラ タヒボ リーフ 夜汽車 カウチ ふたり星 ユリ最適 時空ド ミリタリー サギソウ トライプ ドーベ メリル プレタク チューブ カムカエ ラッター ソーサー ラクト バック 朝日が昇る ジプサム フェロモア ション デュアル ウォマ フラッシュ ルコア サイホン シンク タイガ デキャンタ ディスコン テーピング

当初は2001年秋発売と発表されたが、諸般の事情から2002年4月、同年7月と発売日の延期が相次ぎ最終的に2003年2月28日に発売となった。

âgeの前作『君が望む永遠』(君のぞ)とストーリー的には直接的な関係はないが、共通する舞台として白陵大付属柊学園や欅町、柊町、総合病院が登場し、更には『君のぞ』ヒロインの一人である「涼宮茜」の登場、他の『君のぞ』のキャラクター達の存在を匂わせる演出が多数存在することから『君のぞ』の間接的な続編と位置付けられている。また、本作は『君のぞ』と同じ時期にプロジェクトが旗揚げされ、同じコンセプトのもとに製作されている。ゲーム内の時期設定では、『君が望む永遠』のエンディング時期から数週間後の設定になっており、この間を繋ぐ作品として『アカネマニアックス』が位置付けられている。

なお、本作CD版はアージュがメディア倫理協会(メディ倫、現コンテンツ・ソフト協同組合)に加盟後初の作品であり、メディ倫におけるアダルトゲーム審査第1号作品でもある。

18禁版と全年齢対象版との違い
全年齢対象版が2006年9月22日に発売。俗に「全年齢版マブラヴ」と呼ばれているが、正式タイトルは18禁版同様『マブラヴ』である。âgeでは「限定解除版」と呼んでいる。

主な変更点は以下の通り。

新規アバンムービーの追加
「UNLIMITED」編OPムービーの変更
栗林みな実らによるボーカル曲の追加
性的表現を用いたシーン、ならびにそれに付随するシナリオ・テキストの一部改変
「EXTRA」編エンディング数の変更
rUGP5.7によるワイド画面対応
「UNLIMITED」編における「マブラヴ オルタネイティヴ」との世界設定の差異を修正
新規CGの追加

続編
『マブラヴ オルタネイティヴ』の項を参照。

インターネットラジオ
『マブラヴラジオ』の項を参照。

ファンディスク
『マブラヴ サプリメント』の節を参照。

ストーリー
構成
大きく分けて、2つのストーリーから成り立っている。「EXTRA」編は柊学園3年生の白銀武と、幼馴染の「鑑純夏」、突然転がり込んできた「御剣冥夜」、個性的なクラスメイトなどとの学園ドタバタコメディー。「UNLIMITED」編ではある日、目が覚めると価値観の大きく異なる世界に放り出された白銀武が、その世界での生活を描くもう一つの物語。

当初両方をプレイすることは出来ず、「EXTRA」編で特定条件を満たすと、「UNLIMITED」編をプレイすることが出来る。

あらすじ
EXTRA編
白陵大付属柊学園3年生の「白銀武」は、幼馴染の「鑑純夏」や親友の「鎧衣尊人」たちとふざけ合いながらも普通の生活を送っていた。そんなある日の朝、目が覚めた武の隣には少女が寝ていた。そしてその少女「御剣冥夜」はそのまま住み着いてしまう。

冥夜の登場で少しずつ変わっていく周囲との関係。クラスメイトの「榊千鶴」、「彩峰慧」、「珠瀬壬姫」を巻き込みながら展開される、在り得ないほどコメディチックな日常。今までの緩やかな時間とは裏腹に、急速に変化していく心。それを望む者と望まぬ者。

行き着いた先には何が待ち受けているのか。そして結末は………。

UNLIMITED編
「白銀武」は冥夜や純夏、クラスメイト達と共に、仲良く、普通ではないが平凡な生活を送っていた。ある朝目が覚めると、時刻は8時を過ぎていた。遅刻だと思った武は慌てて外へ飛び出すが、目の前には朽ち果てた町並みが広がっていた。そして純夏の家を押し潰すように倒れている人型ロボット。武は夢だと思い込み、「白陵大付属柊学園」へ向かうが、そこは「国連軍横浜基地」になっていた。ますます夢だと思った武だったが、不審者として捕まった後、ようやく夢でないと感じ始める。

香月夕呼によって留置場から出ることができた武は、この世界が地球外起源種「BETA」と戦争中であることを夕呼から聞く。そして、「白銀武」はこの世界に「存在していない」ことを聞かされるが、武はその事実を受け入れる事は出来なかった。

しかし明日を生きるため、香月夕呼の言葉を受け入れ、やむを得ず訓練兵としての生活を始める武。そこには「元の世界」にいたクラスメイト、「御剣冥夜」、「榊千鶴」、「彩峰慧」、「珠瀬壬姫」が居た。当然、冥夜達は武のことを知らず、武は価値観や覚悟の違いに当惑しながらも、いつか「元の世界」に戻れることを信じて、冥夜達と日々訓練に励む。

その戦乱の世界の中で得る知識・友情・愛情が武の心に大きく作用する。 これまで自分が生きてきた世界は本当に現実なのか、夢なのか。今の世界にいる自分は真実の姿なのか。そしてこの先には一体何があるのか………。

登場キャラクター
キャストは、18禁(オリジナル)版のUNLIMITED編/全年齢版の順。但し、同じ場合は省略する。

EXTRA編
白銀武(しろがね たける) 声:相庭剛志/保志総一朗

主人公。白陵柊学園3年生。割と成績も良く、夕呼に目を付けられているという点を除けばそつのない学校生活を送っている。
『バルジャーノン』という対戦型ゲームを好んでおり、テクニックも上級。
鑑純夏(かがみ すみか) 声:藤原理加/田口宏子

毎朝起こしにきてくれる、武の幼馴染。家が隣で、部屋も向かい側。性格は極めて明るく、ドジで騙され易い。
必殺技は「どりるみるきぃぱんち」(さらにそれを越える「どりるみるきぃふぁんとむ」も存在する)。触角の様な髪の毛(アホ毛)が生えており、感情を髪の毛に反映させる。
御剣冥夜(みつるぎ めいや) 声:奥田秋/奥島和美

世界的財閥の一つ「御剣財閥」の次期当主でありながら、武の家に転がり込んでくる。
『君が望む永遠』のヒロイン大空寺あゆとは令嬢同士の面識がある描写が見られるが、金持ちという立場を鼻にかけることの無い正反対の性格。
常に御剣家宝刀「皆琉神威(ミナルカムイ)」を帯刀している。侍従の月詠に偏った世間の常識を教えられているため、奇抜な言動も多く(殆ど勘違いによるもの)、周囲には天然ボケとして見られる一面も。
榊千鶴(さかき ちづる) 声:高柳香帆/倉田雅世

武のクラスメイトで委員長。生真面目で口うるさくおせっかいだが、周囲の人望は厚い。しかし、クラスメイトの彩峰慧とは犬猿の仲。
元ラクロス部部長で、同じ学年の涼宮茜とはライバルであり親友。
生真面目すぎる性格には家庭環境が深く関わっている。
彩峰慧(あやみね けい) 声:吉野なつき/永島由子

武のクラスメイトで、口数が少なくクラスの中でも飛びぬけて変わっている。餌付けと称して武に競争率の高い焼きそばパンをくれる。
クラスメイトの榊千鶴とは犬猿の仲。運動能力が抜群。
珠瀬壬姫(たませ みき) 声:北都南/ひと美

武のクラスメイトで、みんなのマスコット的な存在。かなりの猫好き。「みんな仲良し主義」で榊千鶴と彩峰慧の争いにいつもハラハラしている。
弓道部所属で実家も弓道場であり相当の実力の持ち主だが極度のあがり症で、大会ではいまいち実力を発揮できない。
鎧衣尊人(よろい みこと) 声:野中真澄/久保田恵

武のクラスメイトで、ゲーム『バルジャーノン』仲間。マイペースで人の話を聞かない。冒険家の父親に無理矢理拉致され学校を欠席することが多い。
女子だけでなく男子からの人気も高い。なぜか日本文化に異様な程詳しい。
温泉では男同士のはずの武に対しても微妙に距離を置き、
その際のやりとりは実際は他編と同様に女性ではないかいう可能性を匂わせるものだったが、
君のぞらじおにおいて性別は男であることが確認された。
神宮司まりも(じんぐうじ まりも) 声:南綾香/井上美紀

武のクラス担任の英語教師。武から「まりもちゃん」と呼ばれたりするもしっかりとしたお姉さん的存在。香月夕呼とは学生時代からの旧知の仲で、行事で事あるごとに巻き込まれ、弱みを握られていく。
しかし、白陵大学で数々の男たちを酒の海に沈め、「狂犬」の異名を持つ。
香月夕呼(こうづき ゆうこ) 声:稲葉貴子/本井えみ

ちょっとアブナイ物理教師。面白いことが大好き。見かけによらずかなりの天才なのだが、学会からは黙殺されている。神宮司まりもとは腐れ縁。
愛車はランチア・ストラトス。『君が望む永遠』『君がいた季節』の香月モトコ、ミツコの妹でもある。
ただ、作中ではモトコを「知り合い」とのみ言っている。
月詠真那(つくよみ まな) 声:上田亜紀子/星野千寿子

御剣家の冥夜専属侍従長兼教育係(御剣家御庭番衆筆頭とも)。武に対する冥夜の色仕掛けは彼女の発案によるところが多いが本人は男性経験には乏しい。
冥夜のために尽力するが、他人を陥れる様なことは絶対に行わず、正義感が強い。短刀を使わせたら右に出る者はいない程の腕前。
かなりのショタコンで逆上すると人が変わる。
一文字鷹嘴(いちもんじ たかはし) 声:十文字隼人/子安武人

御剣家の御車役(送迎係)。60mものリムジンを手足の様に操る。かつては関東のカリスマ的な走り屋であったが、その当時の腕を見込まれて御車役に就くこととなった。仕事中もノートパソコンを携帯し、日々「送迎最速理論」の研究をしている。名の由来は「大空を舞う俊敏な鷹の嘴たれ」という意味から。
また、公式情報には明記されていないが、モデルとなったのが『頭文字D』の高橋涼介だということは明らかである。
神代巽(かみよ たつみ) 声:海原エレナ/氷青

御剣家に仕える月詠直属の侍従。通称「三バカ」の一人。褐色の肌とストレートな毒舌が特徴。
勘違いが多く、はた迷惑なことばかりを引き起こす。武に対して仕えているという自覚がいまいち足りていない。
巴雪乃(ともえ ゆきの) 声:宮内裕香/笠井律子

御剣家に仕える月詠直属の侍従。通称「三バカ」の一人。真横に尖った茶髪が特徴。
悪巧みによって立場が悪くなると他の2人から人柱としてハメられる場面も多い。
戎美凪(えびす みなぎ) 声:まつもとちあき/阪口あや

御剣家に仕える月詠直属の侍従。通称「三バカ」の一人。お団子頭と金髪の巻き毛が特徴。
おっとりした口調で残酷な事を口走る。
涼宮茜(すずみや あかね) 声:上原ともみ/水橋かおり

香月先生のクラスの生徒。元水泳部部長で委員長。武のクラスの榊千鶴とはライバルであり親友。
前作『君が望む永遠』のメインキャラクターでもある。ゲーム上での関わりも多いが、ある人物のルートでは特に深く関わることになる。
柏木 晴子(かしわぎ はるこ)声:夏野巳琴/松浦チエ

武のクラスメイトで、元バスケ部のポイントガード。スポーツ推薦枠で大学への推薦が決まっている。
活発でサバサバした性格が好かれ、男性はもとより女性からも人気がある。
石沢主将(いしざわしゅしょう)声:川村拓央

弓道部の主将。元3年F組。『伝説巨神イデオン』に登場するギジェ・ザラルがモデル。

UNLIMITED編
「EXTRA」編で登場している人物は、ほとんどが「UNLIMITED」編にも登場している。言動や態度、性別などが異なる人物もいるが、本質的な性格はほぼ同一と考えられる。

白銀武(しろがね たける)

主人公。白陵柊学園3年生。
割と成績も良くそつない学校生活を送っていたが、ある日突然パラレルワールドに入り込み、未確認生命体「BETA」の存在している異なる価値観を持つ戦火の世界で生きていくこととなる。
以前の生活における経験が、ある分野において遺憾なく発揮されることとなる。
御剣冥夜(みつるぎ めいや)

国連太平洋方面第11軍横浜基地衛士訓練学校 第207衛士訓練部隊所属の訓練兵。得意技は抜刀術。帯刀の描写は無いが皆琉神威は所持している模様。
「EXTRA」編と比べると一般的な常識を持っており、行動も落ち着いている。
榊千鶴(さかき ちづる)

207分隊の訓練兵で分隊長。「EXTRA」編同様、規律・統率を重んじ、指揮能力の高さも窺わせる。
個の状況判断を優先する彩峰とは意見が合わない。当初はいいかげんな武の事を頼りなく思っていたが、徐々に彼に信頼を寄せるようになる。
彩峰慧(あやみね けい)

207分隊訓練兵。得意技は格闘術全般。口数が少なく、一風変わった言動を取り、周囲を翻弄する。
状況判断を第一に行動するため、榊とは意見が合わない。
珠瀬壬姫(たませ みき)

207分隊訓練兵。極東一の射撃テクニックを持つが、「EXTRA」編同様極度のあがり症である。後にそれは徐々に克服されていく。
鎧衣美琴(よろい みこと)

207分隊訓練兵。得意技はサバイバル術。鎧衣尊人に瓜二つの女の子。外見だけではなく、性格やしゃべり方なども鎧衣尊人と同じ。
そのため、元の世界にいた武が困惑することもしばしば。
神宮司まりも(じんぐうじ まりも)

国連太平洋方面第11軍横浜基地衛士訓練学校教官。階級は軍曹。
「EXTRA」編と正反対で厳しい態度を取る。但し、異なるのは言動のみで内面の優しい部分は同一。
香月夕呼(こうづき ゆうこ)

国連太平洋方面第11軍横浜基地副司令。武に様々な便宜を図り、この世界の一般的な知識を武に教え込む。
周囲からは「香月博士」と呼ばれている。突拍子な言動も多い。実質上、横浜基地のトップに近く、権限も強い。
月詠真那(つくよみ まな)

帝国近衛軍に属し、冥夜の侍従長にあたる。階級は中尉。
「EXTRA」編と異なり周囲に厳しい態度を取る人物となっている。
神代巽(かみよ たつみ)

帝国近衛軍。月詠の部下。月詠や他の2人同様、帝国軍人としての性格が前面に出たキャラクターとなっている。
巴雪乃(ともえ ゆきの)

帝国近衛軍。月詠の部下。月詠や他の2人同様、帝国軍人としての性格が前面に出たキャラクターとなっている。
戎美凪(えびす みなぎ)

帝国近衛軍。月詠の部下。月詠や他の2人同様、帝国軍人としての性格が前面に出たキャラクターとなっている。
社霞(やしろ かすみ) 声:栗林みな実

国連横浜基地地下19階にいる少女。ひょんなことから武と出会い、毎朝起床ラッパ前に武を起こしに来る。通常香月博士と行動を共にしている。
武が持つ過去の記憶・知識を共有していることも多く、その存在や行動に謎が多い。
基地司令(きちしれい) 声:若本規夫

国連軍横浜基地の司令官。「オルタネイティヴ4」の終了、「オルタネイティヴ5」の発動を伝えに来る。
『マブラヴ オルタネイティヴ』では、パウル・ラダビノッドという名がある事が判明。
京塚志津恵(きょうづか しづえ) 声:喜田あゆ美

国連軍横浜基地PXにいる「食堂のおばちゃん」。階級は臨時曹長。かつては柊町駅の近くで食堂を経営していた。
武の分の食事の量を(無理矢理)増やしてくれる。

2009年01月24日

サイド6近海で連邦艦隊によりムサイ級が撃沈


マッチョ シスター シャンソン ミズバシ ストック オタワ ビピンセット モカシ クアヘン ランプ ジョー たけのこ ハットピン スコー どひ ノーサンキュ ケース ブイカッタ バウハ テイクオフ ジェム デグレー バラモン ライト コモデ ダイナモ いえごん ミドル 陣の風 タブロイド キシレン オー ラテン レディ ムートン クオンツ パペット ユーレカ ホーム ターフビ ジュゴン オフショ パリジャ オフラ ブランド 学園祭 プロッター チャマ ハンドマッ バール
池原しげと作画の漫画『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』では、一年戦争末期の宇宙世紀0079年12月25日午前10時55分、サイド6近海で連邦艦隊によりムサイ級が撃沈された戦闘において1機のフルアーマーガンダムが目撃されている。
アーケードゲーム『機動戦士ガンダム スピリッツオブジオン』では、同年12月25日午後、タカシ・キタモト大尉の駆るフルアーマーガンダムがソロモン攻略戦に投入されている。ソーラ・システムの第二波照射がせまりつつある頃、同ゲームの主人公であるジオン公国軍のカート・ラズウェル中尉とロビン・ブラッドジョー中尉の駆る高機動型ザクII改とソロモン内部格納庫で遭遇し交戦。ラズウェル中尉、ブラッドジョー中尉らの連携攻撃の前に大破している。なお、キタモト大尉の機体は増加装甲部分が青く塗装されており、素体に使用されているガンダムもRX-78-1仕様、いわゆるプロトタイプガンダムである事が大きな特徴であった。
長谷川裕一の漫画『MSV戦記 ジョニー・ライデン』では、同年12月31日の星一号作戦時にジョニー・ライデン少佐(当時)の駆るMSと二度交戦している。初戦のライデン少佐の搭乗機は高機動型ゲルググであったが、圧倒的な火力によってこれを撃破した。だが、ライデン少佐は運良く脱出し、僚機の助けを借り空母ドロスに着艦。ゲルググ以前の愛機であった高機動型ザクIIに独自の改造を施した高機動型ザクII改フルバレットで再出撃した。再戦では高機動戦闘において両者拮抗したが、最終的には近接格闘に持ち込まれるかたちでフルアーマーガンダムは敗退し大破した。所属部隊や搭乗していたパイロットなどの詳細情報は不明。アーマー装着時の本機は近接格闘に対応するビームサーベル等の装備を持ち合わせておらず、弱点を突かれる形での敗北であったといえる。
近藤和久の漫画『機動戦士ガンダム0079』ではホワイトベースがジャブローから宇宙に上がった際にガンダムに装甲が施され、アムロが「ジオンも連邦もどんどん新兵器を投入している」と感想を述べている。劇中ではフルアーマーガンダムとは呼ばれておらず、FSWS装着完了と言われている。引き続きアムロが搭乗しキャメル艦隊を撃破、その後後方から迫ってきたシャアの部隊から先行したトクワンが搭乗するビグロと交戦している。ビグロのクローに捕まれそうになるが、装甲を排出してこれを回避し、ビグロを撃破した。


講談社発行の雑誌「コミックボンボン」に連載された漫画『プラモ狂四郎』に登場した「パーフェクトガンダム」を、小田雅弘が『モビルスーツバリエーション』に加えるため宇宙世紀に存在したモビルスーツとしてより軍用機らしいデザインにリファインすることで誕生した。『プラモ狂四郎』では逆輸入する形でパーフェクトガンダムに代わる京田四郎の愛機として登場する。後にパーフェクトガンダムIIIこと「レッドウォーリア」の登場に伴い「パーフェクトガンダムII」(単行本ではパーフェクトガンダムMk-II)とも呼称されるようになった。「コミックボンボン」ではこのパーフェクトガンダムIIを、「1/144 フルアーマーガンダム」の成形色を変更してデカールなどを追加した上に、「ガンダムフルアーマータイプカスタム」という名称を付けて読者プレゼントも行っている。なお、『狂四郎』ボンボン誌上初出時には「ストロングガンダム」という通称が付けられたが定着はせず、単行本化の際に削除されている。

また、プラモデル化された際にはボックスアートに複数の本機が活躍する様が描かれているが、これはニュータイプ部隊による集中運用を想定したCGであるという設定になっている。

連邦軍最強のモビルスーツであるガンダムのパワーアップバージョンということでガンダムをテーマにしたビデオゲームや漫画等で登場することも多いが、他の作品との整合性をあまり考慮していない場合が多い。

セミアーマードガンダム
『プラモ狂四郎』に登場。RX-78-2をベースに、胸部と脚部に部分的な増加装甲を施したもの。武装はノーマルのビームライフルをそのまま装備。


作中ではフルアーマーガンダムの考案者である小田雅弘が、京田四郎にその設計図を託す前に特訓用として製作し披露した。その他の詳細な設定などは不明である。

ガンダムアーマードタイプ
バンダイのプラモデル「マイクロガンダム」に登場。フルアーマーガンダムの上半身の装甲のみを装備したタイプ。

ヘビーガンダム
この節には『独自研究』に基づいた記述が含まれているおそれがあります。解釈、評価、分析、総合の根拠となる出典を示してください。

ヘビーガンダム (HEAVY GUNDAM) は、プラモデルを中心して展開される予定であった企画『MS-X』に登場する、地球連邦軍の増加装甲試験型モビルスーツ(型式番号:FA-78-2)。

機体解説
フルアーマーガンダムの開発系譜に属するが、増加装甲を取り付けるのではなく、本体そのものの装甲を重厚にすることで耐久性の向上を目指した機種。

ヘビーガンダムはガンダム以降の新型モビルスーツ生産計画によって生み出された試作モビルスーツの一つである。地球連邦軍には重装甲により搭乗者(もしくは機体の機密)を守るべしという伝統があったようで、ガンタンクやガンキャノンの重装甲はそれを物語っている。そのため重武装・重装甲として開発されたのがに代表される重装甲のフルアーマーガンダムであった。

ルナ・チタニウム(後にガンダリウム合金と改称)に覆われたガンダムはザクIIのマシンガンをものともしなかったが、改良型のグフには腹部装甲板を損傷させられている。そのためガンダムの全身を追加装甲で覆うという案が浮上したが、脱出機構であるコア・ファイターが使用不能となるというジレンマも合わせ持つこととなった。そこで第一案としてフルアーマーガンダムとして増加装甲は全て排除できる形での追加装甲が、第二案としてコア・ブロック・システムを持たない装甲強化型のヘビーガンダムが企画されたといわれる。

ヘビーガンダムはコア・ブロック・システムを持たず、かわりにコクピット周辺装甲の強化が特徴で、腹部コクピット部分は胸のダクト形状を変更するほどの大きな球状の装甲に覆われている。右肩に大型のビームキャノンを固定武装として持ち、両足には増加スラスターが追加され、増えた自重に対処している。頭部のセンサーは信頼性の高かったガンキャノンと同様のものが採用されているようで、従来のデュアルセンサーではなく、バイザー状となっている。

劇中での活躍
地球連邦軍のデン・バザーク大佐率いる特務部隊において同大佐の乗機として使用されたといわれている。この部隊はジオン公国軍のペズン計画を調査するために編成されたものであるという。

長谷川裕一の漫画『MSV戦記 ジョニー・ライデン』では、宇宙世紀0082年にジオン共和国防衛目的に使用されていたが、ジオン公国軍残党Dr.Qの乗るパーフェクト・ザクによって撃墜される姿が描かれている。搭乗者等の詳細は不明である。ただしこのコミック自体は公式設定という訳ではない。

漫画『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』に登場したRX-78-01 ガンダム01号機は、カラーリングを除けば本機に非常によく似ている。

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2009年01月17日

中原ではパロに次ぐ歴史を持つ帝国

中原ではパロに次ぐ歴史を持つ帝国。カナン帝国と同時期、あるいはそれ以前に建国されたともいわれ、一時は大帝国としてカナンと覇を競い合ったが、敗れてカナンに併合された。カナン滅亡後に復活し、一時はのちのユラニア、クム、モンゴールからレント海岸のロス、タリアまでにいたる版図を誇った。

帝国時代の首都はアルセイスであり、三大公国時代となって皇帝の居城はアルセイス近郊のバルヴィナへ移転されたが、政治的な権力はユラニアの支配下となったアルセイスにそのままとどまった。皇帝家断絶後、初代ゴーラ王イシュトヴァーンによって旧ユラニアを版図としてゴーラ王国が建国されると、バルヴィナを中心に新首都が建設され、王の名にちなんでイシュタールと改名された。

物語の開幕当時は、象徴化した皇帝を戴いた3つの大公国が、帝国を3分割して支配していた。長い歴史を誇りながら衰退した文化が支配するユラニア、東方からの移民によって建国され中原にあっては人種的にも文化的にも特殊な国であるクム、建国まだ数十年の新興国にして極めて野心的なモンゴールと、それぞれ個性的な、時として相容れぬ要素を持つ三国が並立していただけに、政情は不安定であった。それがひとつの要因となって、後に三大公国制は崩壊、皇帝家は断絶した。その後、滅亡したユラニアを版図として、新たなゴーラ王国が建国された。

本編中の歴史
パロの首都クリスタルへの奇襲(第一次黒竜戦役)を成功させ、一時はパロを占領下においたモンゴールであったが、やがてパロ国内で生じた反乱に敗れて撤退を余儀なくされる。同時期に起こったモンゴール大公ヴラドの病死という不運もあり、各国連合軍との戦いに敗れたモンゴールは一旦滅亡し、クムの占領下に置かれることとなる。

しかし、クムに捕えられていたヴラドの長女アムネリスが、イシュトヴァーンの手を借りて脱出に成功する。モンゴールの残存勢力をまとめたアムネリスは、モンゴールの首都トーラスを陥落させ、アムネリスは新モンゴール大公としてモンゴール大公国の復活を宣言する。

その後、2度に亘るケイロニア―ユラニア戦役を除けば、しばらくは比較的平穏な時期が続く。が、間もなくユラニアの首都アルセイスで行われた、ユラニアの3人の公女とクムの3人の公子との合同結婚式にて、クム大公の長男タルーと、ユラニア大公の次女ネリイの主導するクーデターが勃発し、ネリイを除くユラニア大公家が全員死亡、クム大公家も次男が死亡するという惨劇が起こる。

それをきっかけとして、タルー・ネリイ連合軍とクム軍との戦いが勃発する。事前にタルーと密約を交わしていたイシュトヴァーン率いるモンゴール軍は当初タルー側の同盟軍として参戦し、クム大公タリオ率いる軍に勝利してこれを討ち取る。だが、密かに匿っていたクム大公の三男タリクを人質とした交渉によって、一転して今度はクムと同盟し、タルー・ネリイ連合軍と戦うこととなる。イシュトヴァーンは難なくこれを打ち破り、ネリイは死亡、ユラニアは滅亡した。
アマウ クチュール カートゥ ヌクレア ロデックス シフォン サーチ気球 ぎおん ミルキー バルコニー シェア クロモジ ジアス ゲードル じょうそう ドキュメ サクラソウ ハーフ デニム フォトジ ちとせ モンター ローブ レモン パラオ キッチュ マンノ ソテツ 江戸一 フェデ バンデージ スムーズ テレオ ドット ヤマブ チューニン オーダー バックミラ ニョリータ ネベ幸 ボール ニビル ギアシフト がかい あかぼり ビューロ ビロウ バンカ ユーラトム シーディー


ユラニアに残ったイシュトヴァーンは、妻となっていたアムネリスをアルセイスに呼び寄せ、ゴーラの前皇帝サウルの啓示を受けたとして、旧ユラニアを版図とし、モンゴールを属国とする新ゴーラ王国の建国を宣言、自らゴーラ王として即位する。しかしその後、傭兵だった頃のイシュトヴァーンの行為を巡ってモンゴール首脳部とイシュトヴァーンとの間に諍いが起こり、イシュトヴァーンは武力をもってモンゴールを制圧。モンゴールはゴーラ王国の直接支配下に入ることとなった。それに伴い、アムネリスはゴーラの首都イシュタールに監禁され、獄中で男児を産んだ後に自害した